オリジナルグッズ

どんぐりと山猫

山猫合奏団の本番以外の話題

せっかく我々の合奏団のCDをおいてくださっているお店に伺うチャンスがあったので、記念撮影をした写真を此処に公開しましょう。

2013年の9/9、我々は、ゴーシュでチェリストの大島純の故郷、岡山県の津山市の保育園で、“セロ弾きのゴーシュ”の演奏をしました。
実家に戻る大島純と別れ、津山線に乗って、高山正樹、宇夫方路、白石准の三人は岡山まで戻ってきました。

東京方面に乗る予定の新幹線の時刻には、かなり開いていたので、岡山に着く直前、突然「観光しよう」ということになり、連絡通路に出た時点で出発のベルが鳴り始めた状態から、階段を一目散に降り(みんなア・ラ・フィフなのによく走った)倉敷方面の電車に乗り込みました。

その時点でまだ連絡もしてなかったのですが、倉敷に着いた後、“セロ弾きのゴーシュ”のCDを置いて貰っている中川楽器に挨拶に行こうということになり、電話したら、社長さん自ら我々を駅に迎えに来て下さったのです。

中川社長は、かつて、東京の音大でトランペットを学んでおり、白石准と共演の長い師匠の津堅直弘や、友人の高橋敦氏を通じて知り合いました。
そして20年近く前、白石准の引っ越しまで手伝って貰った仲でありました。

その時代社長を務めていたお父さんとも、白石准が電子楽器のRolandの仕事で楽器屋さん相手のクラシック音楽のピアノの先生がDigitalPianoを有効に使う方法みたいな、レクチャーをしたときにもお会いしていましたので、実に二代にわたり交流がありました。

しかも、前述の今や、中堅のトランペット奏者として、確実に日本の最高峰に君臨する存在になった東京都響の高橋敦氏のリサイタルが何年も前に中川楽器の主催で倉敷でも行われましたし、二人の師匠、元NHK交響楽団の津堅直弘氏の奥様のご出身も倉敷なので、白石准はかつては、何かと倉敷周辺で弾いた回数も多いのであります。
ちなみに、高橋敦氏も一度“どんぐりと山猫”のアンサンブルヴァージョンで演奏したことはあります
写真はいずれ公開。

前置きが長くなりましたが、まずはお店に入ってコーヒーを頂いて居ると、噂には聞いていたけど、プラスティック製のトロンボーンが何色もあって、白石准はせいぜいちょっと音を出せる程度ではありますが、吹いてみたくなって、悪のりしている写真が、以下の二枚です。
価格も安いしちゃんと楽器として音がなるし、運搬は軽いから我々のメンバーで唯一トロンボーンも白石准作品のなかでたまに吹く楠定憲に勧めたら、後日購入したようで、近い将来色つきのトロンボーンが我々のステージに登場することでしょう。

すべての写真はclickすると拡大して観られるPHOTO蔵という写真が置いてあるサイトに飛びます。

そして、社長を囲んで記念撮影をしました。
左から、高山正樹、宇夫方路、そして中川啓社長、そして白石准。

この後、車で駅まで送って頂きがてら、美観地区の周りを一周しました。
そこで、白石准が驚喜したのが、有名なニッパー(ビクター犬)だらけのアンティークショップでした。

お世話になりました。
中川楽器のWebsiteは
http://nakagawagakki.comです。

こういう性格の記事まだ幾つか作れそうです。
つい昨年の11月に白石准が飛騨高山の市民吹奏楽団でコンチェルトを弾いたのですが、その折にもコサカ楽器というところに大変お世話になったのですが、写真撮ってくれば良かったです。そこには、“セロ弾きのゴーシュ”のCDに加え、白石准が弾いた、二つのCDまで置いてあったのですから。
佐渡裕+シエナ・ウィンド・オーケストラのCD,DVD
そして
高橋敦のトランペットの独奏曲のCD

スペインというよりは、カタルーニャの作曲家と行った方が良いであろう、内省的な作曲家、フェデリコ・モンポウの世界を白石准がつむぎます。
詳細は、http://juninho.blog16.fc2.com/blog-entry-4562.htmlにあります。

このチラシの撮影場所は、大島純氏がオーナーのプリモ芸術工房で撮りました。
で、カメラマンも大島純氏でした。

よろしくお願い申し上げます。

ちょっといたずらしてみました。


今電車で移動中なのですが、Macの中の写真を整理していたら、32〜34年前の貴重な(爆)、「髭の無い高山正樹」の写真が出てきましたので投稿してしまいます(爆)
しかも、脱力して支えて貰っているのは髭ぼうぼうの白石准です(爆)
もちろん、これは、玉川大学の演劇専攻の実習公演、ギリシャ悲劇の「オイディプス王」のrehearsal中、キャストの付けひげを借りているだけなのですが、他にもその髭のままピアノを弾いていたりするものもありました。
もう今では「すっぴんの」高山正樹を見る事はなかなか希というだけでなく、お互い若かったね(爆)
これは、二人を知らない方々には何の興味も起こさせない写真ですが、この頃は、まだ“仔象ババールの物語”では共演していたけど、たぶん、“どんぐりと山猫”の作曲前か、作曲中を計画していた頃かも知れませんので、そのころのメンバーの写真と言う事でご勘弁(爆)。

一昨日の夜、プリモ芸術工房での公演で新鮮な気持ちで燃焼した山猫合奏団の一行は、翌日の午前中には既に福島県いわき市出身の詩人、草野心平の記念文学館に居ました。

福島県いわき市には、それぞれのメンバーが劇団やオーケストラ、室内楽などで訪れた事はあっても、山猫合奏団としては初めてお目見えする場所でした。
8月の仙台公演に続く、「東京より北方面」の公演になります。

山の中腹にある眺めの良い場所に建物があり、入口からして紅葉が美しい外観でした。
草野心平記念文学館の入口

駐車場から本館に行く途中、掲示されていたこの時期開催されている、兵庫県出身の草野心平とも親交があった詩人、坂本遼(恥ずかしながらこの作家のお名前は今回のお話を頂いて初めて知ったメンバーがほとんどでした。)展の看板。
草野心平記念文学館の特別展坂本遼展の看板
文学館の掲示板にも光栄なことに我々の写真が。
山猫合奏団の写真も@草野心平記念文学館の特別展坂本遼展にて

中に入ると、いわきの山の景観がまるで、額縁の中に収まっているような錯覚に襲われるロビーがあり、さっそく高山正樹が写真を撮っているのが見えました。
草野心平記念文学館の中で景色を撮る高山正樹

別の部屋では、まるで温泉の様に見える空間がありました。
もちろん、ソファに座りながら、壁に掲示されている草野心平の詩をゆっくり眺められるようになっていました。
まるで温泉の様に見える空間

今回僕が作曲するのに選んだ「河童と蛙」も、ショパンの曲を使って弾いた「るるる葬送」にも蛙が出てくる。
それを象徴するような、蛙の居る中庭のディスプレイ。
心平が愛した蛙たち

景色が見えた大きな窓側から入口方面を見るとこうなっています。
もちろん、この空間でconcertも可能だとは思いましたが、陽の出ている間は逆光になって出演者の顔が全部真っ暗になるとは思いますが、、、。
草野心平記念文学館の窓側から入口を望む

外に出ると、紅葉を味わうことが出来ます。
草野心平記念文学館の外の紅葉

でも、麓の景色を見ると、それほそ、紅葉が進んでいるようには見えません。
ということは、この小高い位置はやっぱり標高の関係で麓よりはだいぶ寒いのでしょう。
草野心平記念文学館から見えた景色

写真の数も多くなりそうなので、開演後の写真は、別記事で。