昨日の夕方高山正樹氏がゲスト出演する朗読の舞台を観て(聴いて)きました。
山猫合奏団の情報ブログに今回の出演への経緯が書かれていましたが、実におもしろい20分余りのステージでした。
落語のネタを“語る”いうユニークな試みゆえにアプローチのむつかしさを思います。
ところで昨今の読み聴かせをはじめ朗読ばやりはどうなんでしょう。読むというのをお手軽に感じているのでしょうか。
ちなみに「口」の語源は「神への祈りの文である祝詞を入れる器の形」(白川 静)で、人の口の形ではないらしい。つまり語るその人の考えていることや向かう方向が映しだされるものなのです。
とはいうものの、書かれたものを読むにしろ映像・所作・絵はたまた音にするにしろその振る舞いを構想するのがいいんだな。
それにしても昨日の不入りは何だ。さみしい。実にさみしい。朗読は人のこころを明るくするものなのに。
くす さだのり