仔象ババールの物語

山猫合奏団の原点,既存の作曲家シリーズ第1弾

 原作  ジャン・ド・ブリュノフ
 翻訳  山猫合奏団
 作曲  フランシス・プーランク
 編成  語り1名 ピアノ1名
 内容 フランスの作曲家フランシス・プーランクが、ジャン・ド・ブリュノフの同名の絵本に音楽を付けた作品。

プーランクは、親戚の子どもたちがこの絵本に夢中なのを見て、この絵本に音楽をつけることを思いつきました。

第2次世界大戦で中断したものの、子どもたちの期待を裏切らないように、戦後プーランクは心をこめて作曲を再開し完成させたといいます。


白石准は子供の頃からプロコフィエフの“ピーターと狼”やストラヴィンスキーの“兵士の物語”、そして語りは本来付いていない作品であるサン=サーンスの“動物の謝肉祭”をも脚色されてナレーション付きのものを愛聴して育ってきた独特の経緯が音楽の原風景の中にあります。


偶然に高校生時代、楽譜屋で見つけた可愛い表紙の作品、ページを繰ってみると、ストーリーの朗読付きという珍しい形式の音楽だったことに興味を持って買ったのだが、それは、大学になぜか、演劇の専攻で入学するというやはり偶然が重なり、そして、同級生たちだった、楠定憲高山正樹らとの出会いが演奏のきっかけになりました。


しかし、演奏を試みようとした当時は日本語版の絵本はまだ出版されていなかったので、白石准が原文のフランス語から訳したものをベースに、語り手たちの二人と、しっくりくる日本語を試行錯誤の上作り上げました。

故に、よく流布している、「ぞうのババール」という名称は使わず、学生時代からこの作品は、原文の“L’histoire de Babar,petit elephant”という表記を尊重し、“仔象ババールの物語”と我々は表記して演奏をを繰り返してきました。


楠定憲や高山正樹のどちらか一人と、白石准のピアノ、時には白石准が弾き語りという形式で演奏を重ねていく間に、こういう組み合わせの作品のレパートリーが少なく、もっとあれば面白いのにと白石准は思うようになりました。

演劇専攻を卒業した後、一年間玉川大学の音楽専攻の芸術専攻科というころで、作曲を専修した白石准は終了作品を書く時期になって、ピアノの独奏曲や器楽曲なども候補にありましたが、決まらず何を書こうか悩んでいました。

ふと、自分の周りには、普通の作曲家よりは、語ってくれる人はたくさんいるということに気づき、せっかく演劇的な世界観の中に4年間もいたのだから、その財産を活かすべく、“どんぐりと山猫”の作曲をするという決断に至ります。

故に、“仔象ババールの物語”は、現在の山猫合奏団のレパートリーである独特のジャンルの作品群を、白石准が作曲する引き金となりました。


余談ですが、今とは違い、1970年代、白石准が高校時代よりとても熱狂的に好きになり演奏を頻繁にしているフランシス・プーランクの知名度はとても低く、楽譜屋に行っても、フランソワ・クープランというフランスのバロック時代の作曲家と勘違いされたり、(セザール)フランクと勘違いされるのはざらでした。

白石准のProfileには書きませんが、白石准が初めて有料の、しかも新聞広告が出るような演奏会に出たのが、日本での認知度を上げるために設立された日本プーランク協会(今はどうなっているのか知らない)の最初のオーディションで通った人たちの演奏会で、この作品を演奏したという思い出がありました。

この原作は続編が数えきれないほどあります。

学生当時、この物語の先を作曲したいという希望があったので、それも実現したいと白石准は思っているみたいだし、我々の原点を忘れることの無いよう、オリジナリティ溢れる演奏を続けていきたいと思っています。