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どんぐりと山猫

山猫合奏団は、音楽と言葉の結びつきを独自の視点で模索してきました。

山猫合奏団は、ピアニスト・作曲家として活躍する白石准が主宰し、株式会社M.A.P.が自信を持ってプロデュースする演奏集団です。
1981年、ピアニストの白石准が、俳優楠定憲との共演のために宮沢賢治の「どんぐりと山猫」を作曲、以来「どんぐりと山猫」は、白石准のコンサートで度々演奏されてきました。語り手が二人であったり、時には白石がピアノを弾きながら自分で語ったりと、その形も様々で、タレントのピーコ氏が語り、サイガバレエ団が踊るという実験的な公演もなされました。
1996年7月、初めてピアノだけではなく、弦楽器や管楽器も加えたバージョンを高山正樹の語りで公演、その時集まったプレイヤーたちが、その一時的な集団を、自ら「山猫合奏団」と呼びました。以後、そうした編成で「どんぐりと山猫」が演奏される度、「山猫合奏団」は、その都度再結成されてきたのです。
2005年、チェロ奏者大島純の依頼によって、白石准は「セロ弾きのゴーシュ」を作曲しました。常にチェロが参加する「セロ弾きのゴーシュ」は、つまり常に「合奏」であり、この時から「山猫合奏団」は、恒常的な集団となりました。
現在、語りの楠定憲、高山正樹、チェロの大島純を主要メンバーとして、更に活動の場を広げています。
2008年7月、宮沢賢治第三弾、「注文の多い料理店」がレパートリーに加わりました。
2011年5月、宮沢賢治第四弾、「オツベルと象」がレパートリーに加わりました。
そして2012,13年には草野心平、坂本遼、山之口貘の詩に白石准は音楽を付け始め、長編の物語だけではない方向性を見つけました。
その後2014年にはついに宮沢賢治から離れ、太宰治の「走れメロス」が重要なレパートリーとして産声を上げました。

山猫合奏団初演メンバー

山猫合奏団初演メンバー写真左から 早川潔(Euphonium)、谷野響子(Violin)、白石准、秋山君彦(Flute)

早川潔氏の発案で誕生したユニット。もし彼が思いつかなければ、山猫合奏団は誕生していなかったのかもしれません。感謝。

秋山君彦氏は現役メンバー、今後参加していただいた段階で、単独カラー写真で改めてご紹介します。

谷野響子ちゃんは、今は南西ドイツ・フィルハーモニー交響楽団でコンサートミストレスとして活躍しています。バイオリンと語り、二人で何かやろうねと約束していたのに、君は僕を捨てて旅立ってしまったのね、とは、女々しい高山正樹の発言です。

それ以降の山猫合奏団メンバーは基本的に白石准の知り合いという人たちが参加しています。