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どんぐりと山猫

昨日、チェロの大島純が、オーナーとして、そしてプロデューサーとして業務拡張を展開することになる新しいホール、東京の目黒線の洗足駅の改札の真ん前にある、プリモ芸術工房で、開館記念演奏会の第一段として、我々山猫合奏団の演奏会が華々しく行われました。
当日は、強い雨も降り(大島純のコメントによると「雨男」だそうだ)客足を心配しましたが、予定通り満席の中、山猫合奏団としても新たなレパートリーを披露することになり、この文章を投稿している、作曲者としての白石准にとっても、ピアニストとしての白石准にとっても、忘れがたき一晩になりました。

のっけから、ピンぼけの写真をお許し下さい。
なぜこれを掲示したかというと、単に、楠定憲(左)のシルエットが、面白かったからです。
(観劇した人しか判らないことではありますが)白石准がかつて弾いたMusical CHICAGOの中に出てくる踊りの様なイメージがあったからです。
楠の影が、まるでMusical CHICAGOの様だ(爆)

この日、新作として、草野心平の詩、坂本遼の詩、に白石准の書いた音楽が披露され、たぶん、これは、坂本遼の詩「おかん」をやっている場面ですが、初演ということもあり、よりによって、楠定憲が下を向いているときに撮られたので、まったく余裕がなさそうに見えますが、performanceはそんな事はありませんでした(爆)
詩の朗読@楠

この後の記事で披露しようと思いますが、本日は、福島県のいわき市にある、草野心平記念文学館にて、その二人の詩とやはり“セロ弾きのゴーシュ”の演奏をしてきましたが、その機会に、たまたま特別展として、草野心平とも、そして我らが宮沢賢治とも親交の深かった坂本遼の作品と草野心平の作品に触れる為に書いた音楽でした。

写真はありませんが、先日の仁連小学校では独りで語りましたが、今回は、高山正樹と楠定憲の二人で(一応、高山正樹が主役で、楠定憲はある意味お囃子的に「発音」していたという形式)、草野心平の「河童と蛙」(実は本日の福島ではスタイルを変えて演奏したので、白石准の「河童と蛙Aパターン」ということでボサノバ風」ということになります。Bパターンは次の記事で言及します。)、そして高山正樹独りで、草野心平の「るるる葬送」を、その詩に併記されているショパンの「葬送行進曲」を長さに合わせて構成しました。

今のところ、我らが山猫合奏団は、ごく一部の作品を除いて、白石准の作曲としては、「宮沢賢治の作品を演奏する団体」というレッテルを貼られても良い活動をしてきましたが、そうなったのは、たまたまの偶然に依るところもあり、この機会に他の作家の作品へ活動が拡がるきっかけになったかもしれません。

ホールの開館に合わせて山猫合奏団へというのではなく、ホールへのお祝いの花が沢山届いていました。
だから、おじさんばかりのconcertなのに、ロビーにもステージにも花があったという、次回以降はあり得ない特別な「舞台装置」に囲まれて弾きました。
お祝いの花

これらの「朗読」の前と後にチェロの独奏があり、それも派手に開館をお祝いするような男っぽい曲をやりました。


さて、後半です。
白石准が2005年に書いた“セロ弾きのゴーシュ”です。
昨日と今日でトータル何回目の演奏になったのか今は思い出せませんが、たぶん、30回どころではなかったと思います。

でも、何度も何度も聞いて下さる友人の有り難い批評のなかに、「毎回いろんな違う試みがあるから飽きない」と言うのがあり、感謝しましたが、本当に白石准の気まぐれでいろんな事を思いついちゃったりすることもあるけど、やはり“どんぐりと山猫”はもう30数年やっているし、これももう7年を超え、慣れたというものを通り越して様々な解釈、思い入れがどんどん出てきて、昨日もあちこちに新たな発見がありました。
高山正樹@まるで熱唱中

作曲者としては、ゴーシュを演じた大島純の台詞の雰囲気には本当に書くときに想定していた様な印象が出てきて、今までで一番良かったと思いました。
ただ、最初に下手に弾く部分に関しては、なぜか昨日も今日も、あまり下手に聞こえなかったので、どうしたんだろうとは思いました(爆)
まあ、あまり下手すぎて弾く時があって、「それじゃ、仕事は貰えないだろう」と指摘することもあり、その加減が凄く難しい演奏になるのです。
ここは、冒頭、交響曲第六番の練習中の場面だと思います。
ちなみに、この交響曲は、良く他の作品で聞こえてくる「Beethovenの田園交響曲」のモティーフは一切無く、白石准の書いた音楽であります。
交響曲6番練習中
そうです、今回は割合的に「日常的」と言われる、高山正樹と楠定憲の配役の逆をやりました。
楠定憲が、夜な夜なゴーシュの部屋に登場する動物たちを、そして高山正樹がそれ以外の状況を表す「地」の部分を担当しました。
CDやiTunes Storeに配信されているものとは逆パターンになります。

最初の晩に登場する猫が「運搬」しているところで、「舞台袖」の無い、この空間では、堂々と客席の裏から出て行きました。
運搬中の三毛猫1
「ああ、運搬はひどいやな」
運搬中の三毛猫2
「お土産です、食べて下さい」の場面ですが、普段、この場面は、地方でやるとき、高山正樹が演じるときは、良く、その地方の名産品をわざと出しちゃうこともあります。
たとえば、岡山では葡萄や桃(後者はやらなかったかもしれないが、そういう関連性を視覚的に見せるという意味)、沖縄ではゴーヤとか。もちろん、それでも、「トマト談義」はテキストのままでやりますが(爆)
今回は事前に楠定憲が原作にあるとおり、「赤くもならないトマト」を探して買ってきていました。
おみやげです、どうぞ
上の写真では余りよく見えないので、猫耳を付けた楠定憲の写真を。これは、印度の虎狩りの部分です。
猫耳楠
次に来た、かっこうです。
原文では「灰色の鳥」なんですが、なぜか我々の小道具の鳥は青い(爆)
かっこう君
なぜか次の狸の子供の写真が欠落しています。
その後の鼠のお母さんとその子供の場面です。
鼠の母
病気を治して貰おうと演奏を所望したのに、ゴーシュは自分が医者じゃ無いから出来ないというと、嘆き悲しむ母鼠。
ああ、この子はもっと早く病気になっていれば良かった
今回は高山正樹の写真がここまでは少なすぎるが、たまに撮られたものをみると、なぜか横に座っている、これは何をしていたときだ?
なぜ高山正樹は横を向いているのか(爆)
出演者はトータル四人ですが、四人だけではこの団体は成り立ちません。
本当はすばらしい女優であり、沖縄舞踊の師範でもある、宇夫方女史はこの日、マネージャーとして、そしてビデオ担当として、手持ちで頑張ってました。
撮影中の宇夫方女史
目出度く演奏は終わりました。やっと四人一緒の写真があった(爆)
何故こんなに四人の写真がないかというと、たぶん、僕の持って居るカメラで撮影したので、その機種は実質50mmに近い画角なので、広角では取れずフレームに入りきらなかったという結果です。
それだけ、コンパクトな空間のなかで濃密なperformanceが展開されたと言う事です。

かっこうの写真が見えますが、これはなんの小道具かというのは敢えて明かさないようにしましょう。それは生演奏を聴きに来て頂いた時に正体が判明します。
外国に行ったかっこう
アンコールでは、数年前から演奏を始めた、「トロメライ」という、また白石准が作曲し、そして初めて「作詞」に挑戦した曲です。
第一夜で猫が、最初リクエストした「ロマチック・シューマン作曲のトロメライ」は「ロベルト・シューマン作曲のトロイメライ」の「まちがい」ではなく、敢えて賢治がそう記したのだと確信しています。
故に、そんな曲は存在してないので、本当は猫が大好きなその曲、つまり白石准の歌詞は、猫が喜んで歌っているという想定のもとに書いたものですが、それを演奏しました。
ううむ、何度目か知らんが、未だに譜面にかじりついている楠定憲(爆)
そんなにあのメロディ難しいかなあ、、、
トロメライ楽譜にかじりつく楠
こっちはこっちで、老眼が進みすぎて異常な位置で譜面を眺めている高山正樹(爆)
そうなんです、この作品は2005年の作で、最初からMacで書かれた印刷船のですが、初演の頃の譜面と違って何十回か改訂している間に、台詞の字のサイズを大きくする必要が出てきたのです(爆)が。
老眼に苦しむ高山正樹@トロメライ
トロメライはなぜか、最後、チェロもピアノもこんなに熱唱しています。しかし、譜面を見て居るのは役者二人だけだ(爆)けしからん。
まあこの目線が誰も揃ってないのが作曲者としては面白いところではあります。

この後、冒頭の方で演奏した草野心平の書いた「河童と蛙」を高山正樹と楠定憲の役割を入れ替えて演奏しました。
全然色が違ったので作曲者としては面白かった。
トロメライ熱唱
後大事なスタッフ。
ピアニストであり、この会場のピアノ(今年100歳のスタインウェイ)のオーナーでもある加納麻衣子さんが、暴走している我々(ほとんど白石准だけなんだが(爆))の振る舞いに心配そうにしています(爆)
開館記念演奏会は今月来月三回ずつありますが、次とその次は、彼女の演奏が控えています。
ステージの裏で見守るかのまい
来場客と記念撮影。
このメンバーはほとんどが、夏頃、大島純が参加したお芝居の関係者でした。
なお、すべての写真は、スタッフと聴衆で来てもらっていた「カメラ女子」の方々(二人だけど)に撮って貰いました。
感謝。
記念撮影@2012/11/17

なお、白石准のblogにもこの他の写真を出しました。

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